仙台高等裁判所 昭和49年(う)180号 判決 1974年11月15日
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官につき山形地方検察庁検察官西岡幸彦名義、被告人につき弁護人細谷芳郎名義の、各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらをここに引用する。
検察官の控訴趣意について。
所論は要するに、原判決は罪となるべき事実第一として、被告人が普通乗用自動車を運転中に歩行者をはね飛ばして死亡せしめた業務上過失致死の事実、同第二として、右人身事故を発生せしめたのに、直ちに自車の運転を中止して同人を救護する等法律に定める必要な措置を講じないでそのまま逃走した事実、同第三として、右人身事故を発生せしめたのに、その事故発生の日時場所等法律の定める事項を、直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しないで、そのまま逃走した事実を各認定し、相当法条を各適用のうえ、第二の救護等義務違反と第三の報告義務違反は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合にあたり、刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にある、とした。しかし右両罪は、昭和三八年四月一八日最高裁判所大法廷判決に判示されているとおり、併合罪の関係にあるのであつて、これを観念的競合の関係にあるとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というにある。
よつて判断する。まず、原判決が所論のとおりの各事実を認定し、その法令の適用において、第二の救護等義務違反の罪と第三の報告義務違反の罪とは刑法五四条一項前段に定める観念的競合の関係にある、としたことはその記載に照らし明らかであり、また両罪が併合罪の関係にあるとした最高裁判所の判決があることは所論指摘のとおりである。
しかし、刑法五四条一項前段の規定は一個の行為が同時に数個の構成要件に該当し、数個の犯罪が競合して成立する場合に、これを科刑上の一罪とするもので、右にいう一個の行為とは、法的評価を離れ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価を受ける場合をいうと解すべき(最高裁判所昭和四六年(あ)第一五九〇号、昭和四九年五月二九日大法廷判決)ところ、道路交通法七二条一項前段に定める救護等義務違反の罪と、同条一項後段に定める報告義務違反の罪は、その義務の内容を異にし、それぞれ別個独立の作為義務を定めたものではあるが、本件においては、被告人が原判示第一の人身事故を発生せしめたのに、何らの措置を講ずることなく事故現場を立ち去つた、という一個の行為が、救護等の義務を定めた道路交通法七二条一項前段と報告義務を定めた同条一項後段の二個の作為義務規範に同時に触れるのであるから、その各義務の内容等の構成要件的観点および法的評価を離れた自然的観察によれば、本件被告人の所為は社会的見解上一個の行為と評価するのを相当とする。したがつて、右両罪が刑法五四条一項前段に定める観念的競合の関係にあるとした原判決に、所論のような法令解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意(量刑不当の主張)について。
所論にかんがみ記録を調査するに、被告人は昭和四八年一二月一日午後四時三〇分ころから九時三〇分ころまで山形市内のスナツク三軒でウイスキー水割を三ないし六杯飲み、その酔のため正常な運転は困難であつたのに、女友達の古瀬静子を助手席に乗せ、普通乗用自動車を運転して山形市円応寺町二番一五号先の市道を進行中、同所が人家密集の市街地で路面の状況が悪く、最高時速が四〇キロメートルに制限されたところであるのに、酔いにまかせ時速約六〇キロメートルで運行したため、酔いの影響と右速度からハンドル操作が的確にできず、左後車輪を道路左側非舗装部分に落し、横向となつて滑走するうち、たまたま同所を対面歩行して来た矢萩鎌雄(当三六才)に気づく間もなく、自車助手席扉を同人に激突させて、これを道路左側端にはね飛ばし、同人に左肋骨多発性骨折、脾臓破裂等の傷害を負わせて、翌一二月二日午前五時三〇分ころ右傷害に基づく失血により死亡させ、なお事故の際自車に強い衝撃を受け、助手席の古瀬からも人をはねたから停車するようにといわれたのに、自己が被害者を目撃していないことから、人身事故はなかつたものと身勝手な解釈をして事故現場を走り去り、古瀬の再三の注意により自車を同市内の公園に止めてその凹損を知り、再び現場に戻つた際、その場の人だかりを見て、自己が人身事故を発生せしめたのを明確に認識したのに、酒酔い運転による事故の発覚をおそれ、何ら救護等の措置を講ずることなく、再びそのまま運行を続けて逃走したのであつて、本件事故が酒酔いに起因する無謀な運転方法にあつたことは明らかであり、その過失の態様は甚だ悪質というのほかなく、その結果も正に重大である。そしてかかる重大な事故を起しながら、自己のことのみ考えて同乗者の注意さえきかず、その場を走り去るという被告人の自己中心的で反社会的な所為も併せ考えるとき、被告人の本件刑責は非常に重いといわざるを得ない。
所論は被害者にも過失があつたとするが、被害者は道路の右側の非舗装部分か、舗装部分の右端を正常に歩行していたところへ、滑走していつた被告人車両が衝突したことが原審取調べの各実況見分調書によつて認められるのであつて、被害者に過失があつたとは窺えないし、また被害者を収容した病院の医師菊地豊において、本件の直接の死因となつた脾臓破裂につき明確な認識のなかつたことは同人の証言により認められるが、同証言によれば被害者は本件事故により左側肋骨の殆んどが折れ、強いシヨツク状態をきたし、他の各内臓損傷が推測できたけれども直ちに開腹手術を施行することは困難な状況にあり、ギブスをはめ、止血剤を混ぜた点滴を試みその病状を見守るうち、数時間後に死亡するに至つたことが認められるのであつて、同医師の手当に所論のような落度があつたとは認め難い。
被告人はこれまで前科前歴が全くない通常の社会人であつたことやその家庭の情況等酌むべき諸般の情状を考慮しても、本件の重い刑責に照らせば、被告人を懲役一年四月に処した原判決程度の量刑はやむを得ないところであつて、これが重きに過ぎ不当であるとは認められない。本論旨もまた理由がない。
よつて刑事訴訟法三九六条に則り本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。